■或る人々の会話■



「――以上が火星戦線にて新たに観測された緒機体の調査報告と収集されたデータです。」
モニターの向こうの男はそう言って結んだ。
「・・・御苦労。下がって良い。」
広い部屋の中には人間が二人。一人は男、一人は女。
年の頃はそれぞれ三十、二十五、といったところか。
男は溜息をつきながらモニターに映る男へと返答した。
「解りました。データはいつも通り転送しておきます。」
「ご苦労様。」
溜息をつき、眉間に皺を寄せている男とは対照的な微笑で、女はモニターの男を労った。

「・・・どう思う?」
しばしの沈黙の後、男は唐突にそう切り出す。
「からくり武者とは、面白いものを持ち出してきましたね。全く、相変わらずケレン味に溢れたVRを作って下さいます。」
女はさも可笑しそうにくすくすと笑いながら返答する。
「そうじゃないだろうが。全く、解っているくせにお前は・・・俺をからかって楽しいか?」
男はそう言って女を睨んだ。
対する女は飄々としたものだ。
「ええ、とっても。」
等と斬って返す。
男の眉間の皺はますます深くなっていく。
「勘弁してくれ・・・アイザーマンの趣味になんか付き合ってられるか。あいつの作るVRは悪趣味だ。」
「あら、そうでしょうか?私は格好良いと思いますけど。」
女の笑顔は崩れない。
「・・・お前みたいなのが多いから、あいつのVRが市場でもてはやされるんだろうな。」
男はそうこぼして、再度溜息をついた。
「需要と供給の問題です。アダックスやトランスバールの方々にはああいった芸風はありませんからね。」
「解っている・・・って、今はそんな事を論じている場合ではあるまい。」
男はようやく、話の路線を修正しに入る。
「GUARAYAKHA、ですか?」
そう呟いた女の笑顔はやはり、崩れない。だのに明らかに場の空気が変わった。
「ああ。お前だって気付いたろう。いや、気付く気付かないなんて話じゃ無い。あのVRは、そのまんまだ。」
男の瞳もまた、険しさを増している。
「確かに。アレの目撃者が少なかった今までならば我々の様に一部の者が気付く程度でしょうが、昨今においては、火星戦線に参戦している殆どの者がアレを 目撃、ないしは交戦していますからね。それを鑑みても、最早気付かない人間の方が少ないでしょうね。」
「ああ。時代は変わった。今やアレは、周知の存在だ。そこへ、あんなVRを開発、投入だと?何を考えているんだ!」
誰にとも無く男は激昂する。
いや、その怒りの矛先は、確かに存在した。この場にこそ存在しない者ではあったが。
「アレへと再度リバースコンバートし直したのすら目撃されていますし。ガラヤカと交戦した者達は、恐らく殆ど全員が気付いているでしょうね。このVRが、アレのレプリカだという事に。」
「そうだ。そして、それがあまりに不自然だ。アレが!我々人類にとって!明らかなる脅威であり!そして謎である事は最早全世界の人間が知っている事だ! それの、そんなモノのレプリカだと!?ふざけるのも大概にしろ!どこまで我々を馬鹿にすれば気が済む!フレッシュリフォーの阿婆擦れめ!」
怒り狂う男を女は苦笑してたしなめる。
「落ちついて下さいな。・・・しかし、確かに、これは見過ごせない事態ですね。『謎に包まれた、人類にとって最も恐ろしい破壊神』のレプリカが突然現れた、 なんて。笑えないお話ではあります。」
女にたしなめられ、多少は落ちついたらしい男が、再々度の溜息をつく。
「ああ。問題はそこだ。アレのレプリカを開発出来るという事は、フレッシュリフォーは・・・いや、リリン・プラジナーは、アレに関して相当量の情報を持って いるという事だ。最悪、アレを作りだし、御し得る程の、な。」
男はそう言い、眉間を抑えて項垂れる。
「・・・万が一そうだとしてみろ。最早タングラムを用いるまでも無い。世界は、あの小娘のものだよ。」
世界の終わりは近い、と嘆く男を尻目に、女はやはり笑顔を崩さずに、独りごちる。
「・・・それは、今の話なのでしょうか。」
女の声に、男が頭を上げる。
「・・・どういう事だ?」
「最悪な想定ですが、ひょっとしたら、これは、今更な話なのではないか、という事です。」
笑顔のままの、凄まじい発言。
「それはどういう・・・まさか・・・!?」
男の顔色が変わった。
「フレッシュリフォー・・・いや、リリンが擁する組織にしてみれば、こんな事はとっくの昔から出来る事だったのではないでしょうか。そもそも、よく考えてもみて下さい。確かに 彼女は辣腕の政治家であり、有能な商人であり、その天才は否定しようがありません。しかし、です。」
そこで女は一息入れた。
まるで、本当は言ってはならぬ事を口にするかの如く。
しかし、笑顔は崩さずに。

「9thプラントの設営、タングラムの構築・・・これらの、それこそ人類史に残る、なんてレベルでは無い偉業は、当時十に満たなかった少女に為せる業でしょうか?」

「何が・・・言いたい?」
男は、まるで化け物を見るかの如き視線で女を凝視する。
「簡単な事です。彼女は、ひょっとしたら一人では、無かったのではないか。」
その推論がどれだけ恐ろしい事か、この女も解っていように、まるで何事でも無いかの如く女はさらりとそれを口にした。
「では、誰が・・・まさか・・・いや、そんな事は、ありえん・・・!」
「ですが。」
男の否定を遮り、女は続ける。
「そうすると全て合点がいきませんか?隠れ蓑としての9thプラント。CISに対する最高のアクセス手段としてのタングラム。オリジナルがフレッシュリフォー に身を寄せているアイスドールはいざ知らず、現在行方不明のファイユーブのレプリカまでをも今回新たに創出している・・・いや、創出出来ている点。そして、アレ のレプリカ。全て、彼女の元にずっとあの方がいたと考えれば、合点がいくと思いませんか?」
そこまで言って、女は男に微笑みかける。
まるで、テストの成績が良かった事を親に報告する子供の様に。
そんな、あまりに凄絶な微笑み。
「そんな・・・事は、ありえん。彼は、もう十年以上も前に・・・。」
対する男は、女の話を理解するのに精一杯といった風体である。
「ええ。失踪しています。ではここでクイズです。彼が失踪したという報告を、最終的に吟味し、ゴーサインを出したのは誰でしょう。」
女は、ひどく、楽しそうだ。
「そんな事、解る筈も・・・いや、まてよ、情報の出元は0プラントだろうな。だとすれば、DNの最高幹部会だろう。」
「正解です。では、9thプラントの設営をリリンに委託したのは誰でしょう。」
「それは当然、DNの最高幹部会・・・まさか・・・!?」
瞬間、男が、目を見開く。
「ええ。恐らく、タングラムの設営と同時に、彼ら・・・プラジナー親子を隔離する事も目的だったのでしょうね。そして、恐らくは糸を引いていたのはトリストラム でしょう。まあ、こちらは肝心のトリストラム亡き今となっては、解りませんが。」
「しかし、何の為に・・・!」
「さあ。優秀な頭脳の独占、といったところではないでしょうか。人に過ぎたるモノの秘匿、独占はDNの趣味でしたからねー。」
あはは、と女は笑う。
その笑い声を聞きながら、男は顔をしかめた。
「・・・で、結果としてそれがDN崩壊後、親子の蜜月研究を誰にも邪魔されない格好の隠れ蓑になった、という訳か?もう良い。お前の話を聞いてると胃に穴が空く。」
男は露骨に嫌そうな目で女を睨んだ。
「そんな顔しないで下さいよ。単なる妄想ですよ、も・う・そ・う。たまには私のお話に付き合って下さっても良いじゃないですか。」
「もう二度と聞いてやらん。そんな事より、我々も忙しくなるぞ。あの狂った技術を、野放しにしておく訳にはいかん。」
そう言って男は席を立つ。
「そうですね。これから忙しくなりそうです。」
女もそれに習った。
やがて二人は退室し、部屋の中は無人となる。

最後まで、女の笑顔が崩れる事は無かった。