■from the MARZ to me.■



フォースとマーズの間チックな嘘SS。しかも下敷きは非公式ショートストーリー。
こるりとむらさきを素で知ってる奴はもうチャロンオタとかそういうレベルじゃねえ。



「・・・?」

不意に。
誰かに呼ばれた気がした。
後ろを向いても、誰もいない。

「こるり?どうしたの?」

むらさきが怪訝そうな顔で私を見てる。

「ん、何でもないよ。」

そう言って微笑んだ。
気のせい。だってあれは、もう九年も前のこと。
今更、そんな事が。

「相変わらずだねえ。時々電波チックな雰囲気を醸し出すねー君は。」

いつものむらさき節で、彼女は私をからかう。
それはあの日から揺らいでない現実。
私はこの世界にいる。確かに、いる。
当たり前のこと。

カシイ・ジョシを卒業して、二人で同じ大学に進んで。
今じゃ同じ会社でOLやってる。
腐れ縁もここまでくると大したものだって、自分でも思う。

「電波とは失礼ね、全く。」

頬を膨らませて抗議する。が。

「おー、可愛い可愛い。その可愛さも相変わらずだぜー。」

そう言ってむらさきは笑った。

「そう言えばそんな事よりさ、昨日の限戦、見た?火星のやつ!」

あちゃー、始まっちゃった。
九年前のあの日から、むらさきはすっかりVRマニアさんだ。

「はいはい、見ましたよー。見ないとむらさきに何されるか解ったものじゃないもの。」

「何よー、こるりだって好きなくせにー!」

否定はしないけど、ね。

「にしても昨日のRNのアファJCの動きは良かったねー!ああもう、アレに乗ってたパイロットに抱かれてえー!」

相変わらずむらさきはアファームドが好きらしい。
今でも時折アミューズスポットに行っては、アファームドを乗り回してる。
あの日の様に。
何も、変わらず。

「あー、私もカっ飛ばしたいなあー!よし、こるり、今から行こう!」

「はいはい、付き合いますよー。」

こうなったらもう駄目。
止めるだけ無駄。むらさきが飽きるまでやらせるっきゃない。

「しかし勿体無いなあ。こるりもまたやれば良いのに。」

これも、毎回彼女が言う台詞。

「私は、もう良いの。一生分やっちゃったから。」

そう、私は九年前のあの日以来、バーチャロンをやってない。
むらさきがやってるのを、横で見てるだけ。

「全く、確かにあの時は欲張り過ぎって言ったけど・・・初プレイで五十人抜きの腕を持っておきながら・・・くうっ!不出のエースだねえ!」

むらさきが大袈裟な素振りで悲観する。
これもまた、いつものこと。

「買かぶりだよ。ただの偶然。」

偶然じゃない。
でも、私の力でもない。
あれは、あの悪夢は――

「まあいいわ、こるりが相手じゃ私も気が引けるしね。」

嘘だ。絶対嘘だ。例え私が対戦相手だったとしても、むらさきは絶対手加減せずにボコボコにする。余裕で。
春日むらさきはそういう奴だ。

――もっとも、私が、あの時の私だったら、立場はまるで逆だろうけど。

そこまで考えて思い出した。
さっきの、声。
微かに私を呼んでた、声。

彼だ。

間違いない、彼の、声だった。

誰かは知らない。
けれど、あの時私を助けてくれた声。
破壊神の巫女として選ばれた私を、そこから救い出してくれた声。
彼の、声。

一度しか聞いた事がなかったから気づかなかった?違う。
九年振りだったから気付かなかった?それも違う。

忘れようと、してたからだ。

忘れたかった。
あの痺れを。
あの悪寒を。

あの、快感を。

弥勒院こるりは、あれを、忘れたかったのだ。

彼はあの時言った。
「これで、君の悪夢は終わりだよ。」

それは果たして、真実なのか。

「こるりー!何ボーっとしてんのさ!早くしないとライナー行っちゃうぞー!」

道の先でむらさきが叫んでる。
行かなくちゃ。

「今行くー!」

「また、始まる。」

耳元で、そう、誰かが囁いた。

「!?」

振りかえる。辺りを見回す。
誰もいない。

けれど声は、どこからか聞こえてくる。

「終わってなんかいないよ、むしろこれから。」

小さな、女の子の声。

「火星は良いところだよ。お前もおいで。」

それが誰かなんて、考えるまでも無い。

「もっと破壊を!もっと血を!殺せ!壊せ!殺せ!壊せ!」

これは、あの時の、私なのだから。

「壊せ!殺せ!壊せ!殺せ!」

うるさい。

「こわせ!ころせ!こわせ!ころせ!」

うるさい!

「コワセ!コロセ!コワセ!コロセ!」

「うるさい!」

直後、視界が暗転した。





「――るり!こるり!」

目を開けると、そこにむらさきのどアップ。
昔からそうだけど、むらさきのどアップは心臓に悪い。
昔にも増してハンサムになってしまったのだから、尚更だ。

「あ、れ?私・・・?」

「驚かさないでよ全く、道端で突然倒れるんだもん。あんた本当に貧弱よね。」

ほんの三十秒くらいだけど、とむらさきは付け加えた。
一瞬、気を失っていたらしい。

「ごめん。」

「いいけど。何?寝不足か何か?さっきから挙動おかしいし・・・。」

むしろ昨日は寝過ぎた。
今朝遅刻ギリギリで課長に睨まれてるのを、自分のデスクからニヤニヤ笑いながら見てたのは他ならぬむらさきだ。

「何か、やだ。あの時みたいだ、これ。」

むらさきがそんな事を口走る。

「・・・考え過ぎだよ。ちょっと風邪気味なだけ。」

ドンピシャだなんて、口が裂けても言えない。
もう二度と、むらさきはあんな事に巻き込みたくない。
ていうか私も巻き込まれたくない。

「はあ?風邪?じゃあアミューズ行ってる場合じゃないじゃん!早く言えこのバカ娘ー!」

ごちん。
痛っ!
手加減しないで殴った!むらさきのバカー!

「・・・あんまり、心配させんなよな。」

あ。

「・・・ん、ごめん。」

やっぱり、あの時と同じだ。

「しょうがないなあー!じゃあ私が家まで送ってってあげよう!」

「はいはい、ありがとー。お言葉に甘えておきましょうかねー。」

私がそう答えるや否や、むらさきは私の前にしゃがみこむ。

「ほれ、おぶされ。」

「え、え?ちょ、いくら何でもそれは恥ずかしいってば・・・!」

「おーだーまーりー。」

ひょい。

「ちょ、待っ、もう、むらさきのバカー!」

むらさきと私の体格差は高校の頃から変わってない。
いや、むしろ差が開いてる・・・不公平だ。
力ずくで来られたら抵抗のしようが無い。

「こるりにバカって言われたくないわよ。調子悪い時くらい黙ってれー。」

「むー・・・、誰かに見られたらどうすんのよー。」

「いーじゃん、私達ラブラブでーす、とか言っときゃ。」

「やだー!やだー!そんなのはやだー!おろせー!むらさきのバカー!」

「あんま暴れると黙らせるぞーはっはっは。」

「こんなオチは嫌だー!」

「大団円大団円。」

「やり直しを要求するー!」

むらさきの背中から見た夕焼けは、とても赤かったけど、何故か血を連想させない赤だった。
とても、清々しい赤だった。
それに見惚れてたら、何時の間にか私は寝てしまってた。





多分。
多分、彼はもういない。
いたとしても、私の事なんか構ってる程暇じゃない。
だから、私は、私自身の力で彼女の誘惑を退けなければならない。
そう、思った。

今の限戦の主舞台は火星。
テレビでは毎日、火星で繰り広げられるVR同士の戦闘を中継してる。
ただ、その裏で、いくつものVRが次々に行方不明になっているというゴシップもある。
それを初めて聞いた時、嫌な予感がした。

最近、FR-08に新型が導入された。
高機動高火力を売り文句にする、少女、いや、幼女の様なフォルムの機体。
名前はガラヤカ、とか言ったっけ。
それを初めて見た時、確信した。

火星には、彼女がいる。
彼女は今、火星にいる。

火星で、数多くのVRを壊してる。
あの時の、私の様に。

そして彼女は、更なる依り代を求めてる。
多くの、巫女を。

私は、御免だ。

私は、負けない。

私の居場所は、戦場には無い。

私は。


私はもう、ヤガランデの巫女なんかじゃ、無いんだ。


火星での戦闘は更に激化しているらしい。
そして更に事態を悪化させる事件が起きる。
後に「MARZ」と呼ばれるその出来事を私が知ったのは、この日からおよそ半年先の事だった。


Fin.